『正信偈』には何が説かれているのか

──あなたも本当の幸せを説かれた『正信偈』の意味をわかりやすく知りたくありませんか……?

正信偈(しょうしんげ)』には、一体何が説かれているのでしょうか?

それは、約800年前、浄土真宗を明らかにされた親鸞聖人のご自身の生きる意味の告白であり、あなたも親鸞聖人と同じ本当の幸せになれる仏教の真髄が記されています。

本当の幸せというのは、人間に生まれてよかったと大満足できる絶対変わらない絶対の幸福の世界です。
私たちが何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか、本当の生きる意味は、その絶対の幸福になるためなのです。

あなたはそんな、色あせることのない心からの安心と満足を感じたことがあるでしょうか?

現代は、科学が長足の進歩を遂げ、経済は繁栄し、大変豊かで便利な世の中になりました。
それにもかかわらず、なぜか、心から喜びに満ちた生活はどこにもありません。

どれだけ科学が進歩しても、経済が発展しても、本当の幸せにはなれないのです。

なぜ私たちは、どんなに頑張っても幸福になれずに苦しまねばならないのでしょうか?

私たちが苦しみから離れきれないで一生を終わっていく本当の原因と、それをなくして絶対の幸福になる道が、約800年前から『正信偈』に教えられています。

絶対の幸福になったらどうなるのか

正信偈』に教えられる通り、苦しみ悩みの根本原因を解決して、絶対の幸福になれば、人間に生まれてよかった、よくぞ人間に生まれたものぞ、という生命の歓喜が起きますから、「これが絶対の幸福だろうか?」などという疑問は起きません。

絶対の幸福に救われたことがハッキリします。
そのとき、「この身になるための人生だったのか」と、本当の生きる意味もハッキリ知らされます。

私たちは、何をしても、何を手に入れても、心からの安心も満足もあません。

何のために人間に生まれてきたのか、なぜ苦しくても生きねばならないのか分からずに、毎日が同じことのくり返しで、人生はあっという間に終わってしまいます。

そんなゴールのない人生の迷宮に、絶対の幸福になったというゴールのあることと、どんな人でもそのゴールに至る道が仏教に説かれているのです。

どうしたら絶対の幸福になれるのか

その仏教に説かれた本当の幸せになるために、歴史上、多くの人たちは、出家して、厳しい戒律を守り、座禅をしたり、滝に打たれたりと、命がけの修行をしてきました。
しかしそれは出家するだけで大変なことです。その上で、長い間、厳しい修行をしたからといって、必ず悟りが開けるわけではありません。

そこで、約800年前、親鸞聖人が、どんな人でも絶対の幸福になれる最短コースを明らかにされたのです。

それは、出家しなくても、男も女も、どんな人でも差別なく、煩悩あるがままで救われる不思議な世界です。

実際、親鸞聖人ご自身が、僧侶で初めて公然とご結婚なされています。
ですからもちろんあなたもありのままで、本当の幸せになれます。

その親鸞聖人が明らかにされたどんな人でも、ありのままで本当の幸せになれる仏教の真髄が、『正信偈』には、釈迦の経典、インド、中国、日本の高僧方の解釈をもとに、わずか7文字×120行に圧縮され、コンパクトな歌の形で記されています。

それは、自ら仏教の教えの通りに進まれて、29歳のとき、絶対の幸福の身になられた親鸞聖人が、
「仏教に説かれたことは本当だった。すべての人に、生きている今、何とか親鸞と同じ絶対の幸福になってもらいたい」
と思われて、一字一涙の思いで心血を注いで書かれたものが『正信偈』です。
この『正信偈』の中に、親鸞聖人が生涯教えられたことのすべてがおさまっているのです。

ですから、あなたが本当の幸せになるには、この『正信偈』の教えを聞けばいいのです。

『正信偈』の意味を知る方法は?

ところが現代の日本では、あなたがこの『正信偈』の意味を聞くことは、ほとんどできません。

それは、もちろんあなたのせいではありません。

確かに『正信偈』は多くの人に親しまれています。

今日、日本最大の仏教の宗派となっている浄土真宗の朝晩のおつとめで読まれることになっているからです。
特に、お父さんやお母さん、旦那さんや奥さん、子供さんなど、大切なご家族を亡くされた方は、なおさらよく読んでおられます。

浄土真宗の朝晩のおつとめで拝読することは、約500年前、親鸞聖人の教えを最も正確に、最も多くの人に伝えられた浄土真宗の中興・蓮如上人が決められたのです。

浄土真宗の葬儀などでも『正信偈』はよく読まれますから、浄土真宗の方でなくても、多くの人が聞いたことはあります。

ところが現在の浄土真宗は、葬式法事仏教となり、教えはほとんど説かれなくなってしまったのです。

実際、浄土真宗のお坊さんでも、『正信偈』の読み方は当然分かりますが、意味を尋ねるとほとんど分からないことが多くあります。

『正信偈』の意味が分からない原因

『正信偈』を読むことができても意味が分からない人が多いのは残念なことですが、それも無理はありません。

正信偈』は、解説書を読んでも、あまりよく分からないのです。

親しみやすい簡単な解説では、ほんわかした気分になるだけで結局何が言いたいのか分かりませんし、専門書は学術的な根拠や、複数の学説を並べるばかりで難しく、そう簡単には人生とどう関係があるのか分かりません。

あなたがもし江戸時代から明治、大正、昭和の解説書を全部読んでも、『正信偈』に記された本当の幸せになれる道を、私たちの人生でどういうことなのか分かるように解説してある本は、少なくともここ200年では、見つからないでしょう。

浄土真宗の学者が大学で『正信偈』の講義をするときにタネ本として使う解説書でさえ分かりませんから、学生さんにも分かるはずがありません。
正信偈』の意味が分かる僧侶も育つはずがないのです。

もう現代では、どんなに『正信偈』の意味を知りたいと思っても、『正信偈』の意味を、正しく教えてくれる僧侶もなければ、正しく解説された本もありません。

このままでは、親鸞聖人が明らかにされた本当の生きる意味が教えられないまま、仏教は葬式や法事ばかりがメインとなって衰退の一途をたどるばかりで、せっかくすべての人が絶対の幸福になれる本当の生きる意味を明らかにされた親鸞聖人の教えは現代で途絶えてしまいます。

しかしながら、『正信偈』の意味を知るのに、そんなに難しい専門書をたくさん読んだり、たくさんの僧侶の話を聞き歩いて、正しく分かり易く解説する僧侶を探す必要はありません。
もっと簡単に、正しい『正信偈』の意味を知ることができます。

『正信偈』の意味をすべて解説

それというのも、このサイトに『正信偈』に記されている本当の幸せへの道を正しく知って頂けるように、私たちの人生にどう関係あるのか、絶対の幸福になったらどうなるのか、もっとも正確に、分かりやすく正信偈の意味すべてを解説してあります。

もちろん無料ですから、ぜひ朝晩『正信偈』を拝読される前後などに、一項目ずつでも、くり返しお読み頂ければと思います。

これで、『正信偈』の意味を知ることができますし、『正信偈』に説かれた本当の幸せになる道も分かります。
絶対の幸福の存在さえ知らずに一度きりの人生を終わってしまうこともないでしょう。

ただ、やはり『正信偈』には仏教の真髄が教えられていますので、はじめての方には、多少高度なところがあります。

これまでそれほどご縁が深くない場合には、このサイトの解説でも分かりにくい可能性がありますので、親鸞聖人が教えられた『正信偈』の本質をもっと分かりやすく学べるメール講座も無料でご用意いたしました。

より一層理解が深まりますので、合わせてお読みください。

正信偈の本質がわかるメール講座

正信偈』には、親鸞聖人が90年間教えて行かれた仏教の真髄が、圧縮しておさまっています。
その親鸞聖人90年の教えとは、私たちは何のために生まれて来たのか、何のために生きているのか、なぜ生きねばならないのか、という本当の生きる意味です。

その『正信偈』の本質を、今回、小冊子とメール講座にわかりやすくまとめました。
以下のページから今すぐ詳細をご確認ください。

(今なら『正信偈』の読み方がわかるmp3音声も無料でプレゼントしています)

ページの先頭へ